« 2008年06月 | メイン | 2008年08月 »

2008年07月31日

お知らせ☆

ちょこっとお知らせです。
8/2(土)19:30〜20:55 NHKラジオ第一放送
『今夜も大入り!渋谷極楽亭』で、
柳家喬太郎師匠が、私が以前書いた落語「孫、帰る」を演ってくださるそうです。
もし、興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ☆

あ、ちなみに。猫の話ではありません(笑)

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

サネアツ君、近頃あちこち探検して回るようになりました。
ひどい関節炎で足が外側に湾曲しているので、立ち上がるだけで、
ぷるぷる震えて、時々しりもちをついてしまうほどなのですが、
ひょこひょこ歩いては、興味津々といったふうに、あちこちに鼻先を突っ込んでいます。

最近、しっぽが緩いL字型に上がるようになりました。
時々、ゆさゆさ振ってくれます。

これまで、ダメということを教えたり、うんとほめてあげたりするときは
声の調子でメリハリをつけてコミュニケーションをとってきましたが、
サネアツ君は、耳がほとんど聞こえないので、それができません。

リードを一瞬強めに引いて、首に軽く衝撃を与えて理解させるチョーキングという方法も、
気管虚脱という病気で、気管がつぶれて狭くなっているサネアツ君には使えません。

犬を落ち着かせるために、よく「おすわり」や「ふせ」をさせますが、
関節炎で、おすわり自体、大変苦労するサネアツ君にはそれもダメ。
横座りのようなことなら、かろうじてできますが、すぐ崩れてしまいます。

彼がどこに触れられるのが好きで、何をされるのが嫌なのか、
まだまだふたりで手探り状態です。

 

昔、うつむき続けるあおぞらが、何を考えているのか全然わからなくて、
毎日試行錯誤していた頃を思い出します。
今では、あおぞらと気持ちがぴったり寄り添っているのを感じることができます。
だから、あせらず、少しずつ、少しずつ・・・

サネアツ君はつながれっぱなしだった可能性はありますが、
殴られたことはないようで、体のどこを触っても怒りません。
痛いところは、身をよじって「いやだ」と意思表示します。
あぐらをかいたお膝にすっぽりはまり込んで、抱っこすることも既にできます。
あおぞらは、やっぱり今でも、抱っこはちょっと苦手ですし、
体をさわるときは、これから触れるよ、というワンクッションを置かないといけません。

ほんとうに、個性はいろいろ。
誰でもよかったなんて言わないで。
ふたつと同じもののない命だから。

投稿者 hina : 00:54 | コメント (4)

2008年07月23日

明日会いに行きます。

明日はいよいよ、センターの柴おじいちゃん犬の引き出しです。
どうしても休みがとれず午後から仕事なので、
午前中のうちに、引き出し手続き、病院に直行しての各種検査を済ませ、
そして我が家で落ち着いたところを見届けてから出社したいため、
朝6時過ぎには家を出発する予定です。
(平日の朝、都内や環八がどのくらい混むのか、ちょっと見当もつかないからです)

火曜日も朝8時半に世田谷・八幡山のセンターまで行って(遠いよ、とほほ)
事前講習を受けてきました。
その後、柴くんに面会して、たっぷりブラッシングしてあげることができました。

前回会いに行ったときは、体調も精神的にも本当に具合が悪そうで、
無理に無理を重ねた調整で最短の引き出し可能日が24日だったのですが、
それまで命がもたないかもしれないと、かなり落ち込んで帰ってきたのです。
電話をしたら、「あの子は亡くなりました」と言われるのではないかと、
連日、息を詰めて薄氷を踏むような気持ちでした。

22日も最初は本当にだるそうにずっと寝ていたのです。
柴くんは、もうほとんど耳が聞こえません。
かなり大きな音で、がちゃがちゃとケージの扉を開けても、
だからじっとうずくまったままです。
なので、注意深くそっと触っても、いきなり触られたのと同じことになって、とても驚かせてしまいます。

その日は、殺処分を希望する飼い主さんのペット持ち込み日にあたっていたので、係りの人たちは皆忙しく、
私はかなり長い時間、柴くんとふたりきりになることができました。
いろんなことを話しながら、フケだらけのぼさぼさの体を丁寧にブラッシングしていきました。

 

ほら!こんなにさっぱりしました!

 

前はほとんどうつむいていて、目を合わせることもしなかった柴くんですが、
少し表情が出てきました!
改めてよくよく見てみたら、こんなにやさしい顔をしています。そして痛々しいほど痩せています。

 

↑これは、センターの収容動物のページに掲載されていたときの写真。。

 

今。・・・かわいい☆

この日、いちばん嬉しかったのは、
帰るとき、ケージの中から顔を上げて、ずっと私を目で追ってくれたことです。
その目には、それまでとは違う力強い光がありました。
きっと彼なりに、自分の運命が大きく動いたことを感じたのかもしれません。

心配していた下痢も止まり、旺盛な食欲も見せてくれました。
初めて、希望のようなものを感じられた瞬間でした。
「彼の名前を考えよう!」この日、私は思ったのです。
もっとも、私の名前のセンスの無さはつとに知られるところなのですが^^;
おいおい、こっそり発表したいと思います。

そんな嬉しさの反面、残酷なまでにくっきりと分かれる明暗を目の当たりにして、
やっぱり帰り道には泣けてしまう私でした。
飼い主さんから係りの人に手渡されてなお、上機嫌で尻尾をぶんぶん振って、
建物の奥に消えていった気のいい中型の雑種犬の姿が目に焼きついています。

明日もまた、人間を信じたまま殺されていく動物たちに会いに行きます。

投稿者 hina : 23:54 | コメント (2)

2008年07月13日

天国と地獄(前編)

発端は一本の「間違い」電話でした。

7日月曜日の夕方、私の携帯に着信がありました。
仕事がちょうど殺人的に忙しい時で、電話に出られなかったのです。
知らない番号でしたし、着信8秒という中途半端なものだったので、
イタズラか何かの間違いだろうと思いました。

そのまま不眠不休で火曜日が過ぎ、水曜日、ふと気になってその番号を調べてみると、
なんと保健所の番号であることがわかりました。
ぴん、ときて、すぐ東京都愛護動物センターの収容動物情報を見てみると・・・

なんという偶然でしょうか。
コンちゃんを保護した日のちょうど1ヵ月後、そしてコンちゃんが無事お家に帰ってからちょうど1週間後の7日、
コンちゃんと同じ場所で保護された、柴、オス、青い首輪、という、
これまた何から何までコンちゃんと同じ一頭の犬がセンターに収容されていたのです。

月曜日の保健所からの電話は、絶対この子のことに違いない!
翌日、朝いちばんで保険所に連絡をしました。

誰が何のためにかけてきたのかは、結局わからずじまいでしたが、
私がちょうど1カ月前に同じ場所で同じような犬を保護したことを話すと、
「じゃあ、きっと探している飼い主さんと勘違いしたのかもしれませんね」とのこと、
そんなに情報が粗雑に扱われているのだろうかと少々唖然としながら、
1週間ほど前に無事飼い主さんのもとに戻ったことをさらに伝えると、
「ああ、それなら大丈夫ですよ。問題ありません」と明朗快活な答え。
「なんだ、よかった〜」と笑って電話を切ることは、でも私にはできませんでした。

それでは、この第二の柴オス青首輪くんの運命はどうなるのか。

コンちゃんの飼い主さんが、あれほど必死に寝ないで探し回っていたのに、
こちらも、思いつく限りあちこち飼い主さんを探し回っていたのに、
それでも、お家に帰るまでに1カ月という時間がかかったのです。

そして、私はコンちゃんの件で、警察も保健所もセンターも、
誰も探してはくれないこと、正確な情報の共有が非常に難しいことを
大変なショックとともに、身に染みて痛感させられたばかりでした。

飼い主さんを探さなくては!!!

明日締め切りの250ページを後回しにして、
「なんであんたが?」という一様の反応をバッタバッタとなぎ倒し、
何かに突き動かされるように、怒涛の奔走が始まるのですが・・・

すみません、本日もまた時間切れとなりました。
続きはまた・・・ごめんなさい。

投稿者 hina : 03:04 | コメント (1)

2008年07月11日

花を手向ける

死んだ子に私ができることはもう何もない。
だからこそ、いま生きて目の前にいる命に全身全霊で向き合って、できるだけのことをするのだと、
私はずっと言い続け、できる限りそのように行動してきたつもりです。

でも・・・・・・。
今日、私は花を買って、事故現場にお供えしました。

自己満足かもしれないし、その子はもう二度と帰ってはこないけれど、そうせずにはいられませんでした。

昨日のことです。
お昼頃、私は郵便局に急いでいました。
注文したフードの入金をお昼までに済ませれば即日発送可能だからです。

そして、出会ったのです。
洒落た黒の燕尾服で、かつてはどんなに可愛くめかしこんでいたであろう黒白くんが
道路にうつ伏せに倒れていました。

私はこれまで何度も、交通事故で亡くなった子を見てきました。
頭を砕かれ、虐殺されたと思われる子猫の亡骸に出会ったこともあります。
けれども、この黒白くんほど酷い状態のものを、私は見たことがありません。

特に顔の損傷が激しく、とうとう正視できませんでした。
たぶん倒れている黒白くんの頭の上を、何度も何度も、別の車が轢いていったのでしょう。

糸のようなものを引いて飛び出した片方の眼球は、もはや球ではなく・・・
破裂してしまったのか、轢いていったタイヤが持ち去ったのか、残骸すらありませんでした。
残った前面だけの部分、水晶体というのでしょうか、これがひからびたカラーコンタクトのように、そばに転がっていました。
それが淡い緑色にうっすらと染まっていて、生前この子が美しいグリーンの瞳の持ち主であったことを教えてくれていました。

りんちゃんとよく似た、中くらいの長さのしっぽは先がこっきんと折れていて、ちょっと太め、
投げ出された脚もやっぱり短めで太めでしたが、そっと触れた身体はぼそぼその毛並みでとても痩せていました。
頑張って、お外で生きてきたのにね・・・

朝の5時に、あおぞらと散歩で通ったときには何もありませんでした。
それからお昼までのたった数時間のうちに悪夢のような出来事が起こったのでした。
死後硬直が始まって、まだそれほど何時間も経っていないようでしたが、
ぐんぐん気温を上げる太陽に容赦なく晒されて、かなり熱くなっていました。
どこか涼しいところへ、と思ったけれど、近くに日陰はありません。
通りかかったおじさんが、もうそれ以上、車がその子を轢いていかないよう、
傍にあった資源ごみ回収用のプラスチックの黄色い箱を、非常停止板がわりに置いてくれました。

うちには八つ、骨壷があって、お骨になった子たちの最期の瞬間を思うと、
今でも瞬時に、洪水のようにいろんな思いがこみ上げてきます。
できうる限りの手を尽くしたつもりでも、あの時ああしていたら、こうしていたらと思わないことはありません。
長い短いに関係なく、命をまっとうするのは本当に難しく大変なことです。

だからこそ、命は掛け値なく、尊いものとなります。
たくさんの偶然が重なって、生まれてくることが奇跡であるならば、
その一生をどう完結させるかというのもまた、人智を超えた大いなる意思が働くのかもしれません。

それでも、私は神様に祈らずにはいられません。
どうか二度と、この黒白の子のような酷い最期を遂げる子が出ませんように。
外で熾烈な毎日を戦い抜いて生き延びている小さな命たちには、
せめて最期だけでも、あたたかで穏やかな瞬間を与えてくださいと。。

投稿者 hina : 22:30 | コメント (0)

2008年07月02日

コンちゃんでした!!

「皆様・・・」
(私は今マイクを前に、手を後ろに組んで、静かにそう呼びかけるのですが、
胸に熱いものがこみ上げてきて、次の言葉に詰まり、そっと天を仰ぐのであります)

「・・・・・・・・・・・」
(しかし、私は皆様に告げなければなりません。
ぐっと気合を腹に込め、声を張り上げます)
「嬉しいご報告です!!!」(です、です、です、です、・・・・・<エコー)

(つまんない前振り長くてすみません。あんまり嬉しくて、つい;)

          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

本日、つい先ほどのことですが、
アイちゃん(仮称)こと本名コンちゃん、
無事パパとママのもとに帰っていきました(T_T)/~

こんな日付も変わろうかという深夜になってしまったのは、
ひとえに、急に入った私の仕事が終わんなかったからです〜
コンちゃん、パパ&ママごめんなさい!
(コンちゃんというのは、家に来たとき、キツネみたいだったからだそうです^^)

あおぞらさんのアドバイスを受け、問い合わせをしていた警察の管轄を
千葉のほうまで広げてみたところ、幸運なことに、とても親切な担当者に当たりました。

若い女性の方でしたが、そこの管轄には該当する届出がなかったにもかかわらず、
すぐあちこちに照会してくださって、事態は見事に急展開!!
アイちゃん改めコンちゃんは、無事、お家に帰ることができました。
心配してくださった皆様、本当にありがとうございました。

飼い主さんは、やはり必死で探していました。
お手製のビラを作って、通りの至るところに貼り、
ペットショップや、ヤクルトのおばちゃん、コーラの自販機を回るお兄ちゃんたちにまで情報を募り、
パパさんは仕事を休んで一日探しまわったり、似ている子がいると聞けば、土砂降りのなか合羽を着て見に行ったり・・・

とうとう最後には成田山で易まで見てもらったりしたそうです。
「陽が動いているので、まだ生きている。
遠回りして帰ってくる」と言われたそうなのですが、
まさにその通りの結果になりました。

とてもショックだったことは、
私が一番に届出をした管轄の警察や、愛護センターにも
飼い主さんはきちんと問い合わせをされていたことです。
それにもかかわらず、飼い主さんに情報は伝わりませんでした。

そればかりか、アイちゃんをしばらく預かっていたこともある管轄の警察から
照会の電話もあったのですが、その犬は柴ではあったけれどもメスでした。
「うちの犬はオスなので」と答えたところ、
「去勢してるんだったらどうせ同じだろうから、どうですか」と言われたそうです。
・・・・・絶句。どうですかって何ですか?
命の話をしているのではないのですか?

私自身、今回のアイちゃん(コンちゃん)保護にあたり、
警察や愛護センターなどとのやりとりにおいて、
かなり、かっつぃーーーーーーーん、というか、ぷっちーーーーーーーーーん・・・!!!
と、きたことが多々ありました。
そのことも含めて、アイちゃんのことはきちんと記録に残しておきたいと思っています。

ひとつ言えることがあります。

ペットが迷子になってしまったら、
あるいは迷子を保護してしまったら、
飼い主さん、保護主さん、あなただけが頼りです!!!

警察や保健所、愛護センターに届け出るのはもちろんですが、
右から左へ、あくまでも事務的手続きとして情報を「回す」ということはあっても、
そこで「探して」もらえるわけではありません。

たとえ、とーっても暇そうに見える人がなかにはいたとしても、
ああ見えて彼らは意外と忙しいのです。

さらに重要なのは、写真もないぺら一枚の情報には、
命の重さがまるで付加されていないということです。
そんな書類が机の上に毎日、山と積まれます。

おまけに、途中で誰かの思い込みが加われば、
その子を判別する決め手となるような特徴も、簡単に捻じ曲げられてしまいます。

今回も、アイちゃんは「年寄り」で「豆柴」であるという、
いったいどこでそうなったのか、主観による間違った情報があちこちに渡ってしまいました。
(問い合わせのつど、私はかなり青ざめて訂正しましたが、
その後、書類上できちんと訂正がなされたかどうかは不明です)
現に、飼い主さんがあれほど必死で探しまわっていたにもかかわらず、
情報は伝わらないまま、もうほとんどペットロスの状態だったといいます。

アイちゃんに身近で接すれば接するほど、
飼い主さんがこの子を探していないはずがない!
そう思わずにはいられませんでした。
問い合わせをするたびに、届けはないという答えでしたが、
あんなに可愛がっていたアイちゃんがいなくなったというのに、
飼い主さんが警察に届けも出していないというのは、とても考えられないことだったのです。

大切な情報が、絶対どこかに埋もれている。
それを必ず掘り出してやろう!と、それはもう、
ひそかに熱く執念を燃やしていたわけです。
打倒!!$#%&☆!!!($#%&☆!が何だかわからないケド。笑)

たまたま、第一投目が大当たりしてくれたというわけですが、
改めて、その大当たり、お手柄の女性担当者に、お礼の電話をしなくては!と思います。

あまりに急なお別れだったので、まだ実感がわきません。
これからだんだん寂しくなるのでしょうか。。

コンちゃんは生後半年くらいのころ、
そうは見えないほどガリガリに痩せた身体を小さなキャリーに詰め込まれ、
そのうえさらに、公園の身障者用トイレに閉じ込められていたのだそうです。
発見したパパさんが、あまりに不憫に思って引き取りました。
だからなのか、コンちゃんはワンと鳴くことがほとんどありません。
人なつっこいけれど、とても臆病なのだとか。
6月5日の夜10時半ごろ、お散歩から帰ってきて、お家の前でリードをはずしたところ、
近くの河川敷で、いきなり花火が上がりました。
その音に驚いて駆け出してしまい、迷子になったアイちゃん(コンちゃん)でした。

二日後の7日夜11時半ごろ、私はとぼとぼ困った顔で歩いていたアイちゃんに遭遇します。
思わず、「どうしたの?」と声をかけると、パッと顔を輝かせ、
急いで走り寄ってきて、私にハイタッチしたのです。
「ひとりでお散歩中なの? それとも迷子?」と尋ねてみても、
うーん、とちょっと考えて、うふん、と曖昧に笑うばかり。
ちょうど持っていた替えのストッキングをリードがわりに、ふたりで最寄りの交番へ。
それが出会いでした。

さよなら、アイちゃん(コンちゃん)。
短い間だったけど、ありがとう。
よかったね。本当に。。

アイちゃんはマッチ売りの少女がつかの間に見た幻のような、
幸せな風景を、たくさん私に見せてくれました。
君が誰かに全力で愛されていたということが、
どれだけ私を幸せにしてくれたことでしょう。
どうかこれからも、パパとママ、お兄ちゃん、おばあちゃん皆に愛されて、
うんとうんと、幸せに長生きするんだよ〜〜☆

投稿者 hina : 01:44 | コメント (4)