●ひなびた日記/03年8月●


8月日記
8月2日「サザエさん」 8月22日 「埋葬」
8月3日 「お買い得」 8月24日 「炎の笠智衆」
8月4日 「真夏の夜の羊」



03/08/24「炎の笠智衆」


 本日の登場人物


  あおぞら



毎日通るあおぞらの散歩コースで、自家製焼却炉といった感じの
小さな四角い缶で、いつも何か燃やしているおっちゃんに会う。
凍てつくような冬に出会い、春が来ても、今日のような猛暑でも、
おっちゃんは変わらずゴミを焼いている。

五分刈りだかの短髪はもうすっかり白いけれど、
おじいさんというには、胸板の厚い、精悍な雰囲気にそぐわず、
日焼けした顔のなかで、ぎょろんとした目が印象的だ。

もくもくと煙をあげる傍らで、への字に口を結んだおっちゃんは、
いつも仁王立ちをしているか、腕組みをして腰掛けているので、
挨拶するのもおっかない。

俯いたんだか、挨拶したんだか、しごく曖昧な会釈でごまかして
脇を通り過ぎる時、いつも、ぎろりん、と大きな目玉でこちらを見るので、
「もしかして、犬が嫌いなんだろうか」とドキドキしていた。

だから、さりげなく、うんちバッグをアピールし、
「よそのお宅の前では、おしっこなんかさせてませんよ」と
身の潔白を、心の内でごにょごにょ呟きながら通り過ぎる。
お互い顔は覚えたけれども、一度も口をきいたことがない、
微妙な距離感の日々が続いた。

ある日、たまたま目が合ったので、何の気なしに
「こんにちは」と言ってみた。
すると、への字口が一瞬ほどけ、するする横に広がったかと思うと、
おっちゃんは、にいっと笑ったのだった。
それはびっくりするほど人なつこく、笠智衆に似た、最高にいい笑顔だった。

今日、夕刻に通りかかると、
おっちゃんは、すでに灰が山になった缶の横に椅子を出して、
一服しながら夕涼みをしていた。

いつものように挨拶をして通り過ぎようとすると、
おっちゃんはひと言「暑いな」と、言った。
私はその時、おっちゃんがめちゃくちゃ男前であることに気づいた。



03/08/22「埋葬」


 本日の登場人物


  あおぞら



夕方、あおぞらと散歩に出る。
この四つ角を右折して、だらだら坂を下っていけば、もうすぐわが家というところで、かすかな異臭が鼻をついた。何だろうと訝りながら、ひょいと見た道路脇にその子がいた。
20cmほどの大きな、ずいぶん年をとったクサガメのようだ。
甲羅が割れ、内臓がはみだし、すでに蠅がたかっていた。
道路の真ん中で轢かれたのを、誰かが脇にどかしたのだろう。
まだ息があるかと、うるさい蠅を追い払いつつ、顔と顔がくっつきそうになるほど覗き込んでみたけれど、静かに閉じた瞳は何の反応も示さなかった。

私は呆然と立ち尽くした。いったい、どこから迷い込んできたのだろう。誰かが飼っていたのだろうか。雨が降り続いた日に、どこかの池から逃げ出してきたのだろうか。こんなところで轢かれるなんて、なんと無念だったことだろう。
私のとるべき行動は何か、考えた。あおぞらとも相談してみた。私に何ができるだろうか…。

暑い日で、じっと立っているだけで汗が吹き出した。「行こう」私は言って、急ぎ足で歩き出した。急いで急いで、とあおぞらに声をかけながら、どんどん駆け足になった。
家に着いて、あおぞらにたっぷりの水を用意した後、ほとんどかけたことのない父ちゃんの携帯に電話した。事情を話すと、最初は驚いた父ちゃんがしっかり賛成してくれたので、いよいよ私は腹を決めた。

意を決して新聞紙の束をつかむと自転車をガタガタと引き出し、坂の上へと急いだ。ぐるっと回る散歩コースで、いつも下るばかりだっただらだら坂は、上ってみると意外と急勾配で思ったより距離があり、私は自転車を押しながら息を切らして駆け上がった。

もしかしたら、という思いもむなしく、その子はやっぱり同じ場所に静かに横たわっていた。
群がっている蠅が、急に我慢できないものに思えた。必死でそれを追い散らし、一瞬のためらいの後、思いきってその子を抱き上げた。
ずっしりと重く、飛び出した腸がアスファルトに張り付いて、ちぎれそうになり、「わうわうあがあが」と意味不明の言葉を口走りながら、必死でそれをはがそうとしたが、なかなか取れなかった。

近くで解体工事をしていた日に焼けたお兄ちゃんたちが「暑さで頭がイカれたか」と呆れ顔で遠巻きに見ていた。

体液が新聞紙に赤黒く滲むので、何重にも包んで、自転車の前カゴにそっと乗せた。できるだけ揺れないように気をつけて家まで連れて帰った。

それから、猫の額の名ばかりの庭の隅を、移植ゴテで狂ったように掘った。
やわらかい土のすぐ下は、ゴロゴロ石だらけで、予想外に手こずった。
早くしないと、あの子がどんどん腐っていく気がしたから、追われるように必死で掘った。
汗がぼたぼた眼鏡にも落ちて、ぼやけてなんだか全然見えなくなったけれど、構わず、ガツガツ掘り続けた。あっという間に手のひらと人さし指にできたマメがつぶれ、気づくとズキズキしていた。それでも、あの子を早く涼しいところに埋めてあげたくて、ほとんど半泣きで掘り続けた。

やっと30cmくらいの、黒いふかふかのベッドができた。そこにカメをそっと寝かせた。「ごめんね。生きてるときに見つけてあげられなくて」
数時間早く散歩に出ていれば、轢かれる前に保護できたのではないか。考えるだけ空しいけれど、なんだか無性に悔しかった。
轢かれる瞬間を見たわけではないのに、その時の映像が何度も頭にフラッシュバックした。その瞬間のカメの気持ちを思うと、なんだか涙が出た。

土をかける前に、顔を見ながら「また会おうね」という言葉が自然に出た。

玄関脇の、新しく土を掘り返したそこは、なんだか光って見える。
これから、朝に晩に、「行ってきます」「ただいま」と挨拶ができる。
この子はうちの子になったのだな、と思った。

死んでいる子を抱き上げるのは、勇気がいった。できるかどうか自信はなかった。でもこんな時、あの人ならどうするだろう、と思い浮かべる人たちが数人いて、その人たちが、たぶん迷うことなく、黙って行動することを私は確信する。

声高に叫ぶのではなく、感傷のうちに泣いたり祈ったりするばかりでなく、私は黙って行動したい。そういう人たちの後に続きたい。



03/08/04「真夏の夜の羊」



 本日の登場人物


  公平   



・・・・・・足が痛い。
突然腿上げのトレーニングをやった翌日のように、筋肉痛でパンパンだ。
それは、こういうわけなのです。

昨夜、銭湯に行き、顔を洗ったとたんに、窓を閉め忘れたことに気づく。
夕飯の支度をしている時、あまりの猛暑に、火を使っている間だけでも、と
台所の窓を少しだけ網戸にして、そのまま忘れて出てきてしまった。

真夏の夜の大脱走・・・。さあーっと血の気が引いた。
一匹、二匹・・・牧場の柵を飛び越えるメリーさんの羊よろしく、
好奇心旺盛な猫たちが一匹ずつ外に飛び出して行く姿が脳裏をよぎる。

石鹸を落とすのももどかしく、まだ五分も経っていないのに、風呂を飛び出す。
「(父ちゃんは)まだ上がってこないよ」という親切な番台のおじさんの声を
背中に聞きつつ、全力疾走で家に帰る。
が、鍵は父ちゃんが持っているから、中には入れない。
お隣との境になっている薮をかき分け、障害物を乗り越えて、台所に回る。

そこには、「新しいこと大好き」チャレンジャー公平が、早速、
嬉々として、網戸を掘っている姿があった・・・。
や〜め〜て〜!!! でも網戸はまだ無事。セ、セーフ?
無意識のうちに掛けたらしい網戸ストッパーが、
かろうじて持ちこたえていてくれたのだ。とりあえずほっとする。
しかし、網戸ストッパーは逆に私が家に入るのも頑として拒んだ。
このままでは、破壊キングの異名をとる公平のパワーに、
網戸が破られるのは時間の問題だ。

でも、父ちゃんが異変を察知して、きっとすぐに駆けつけてくれるだろう。
父ちゃんとは時間を決めて、銭湯前で待ち合わせていたのだが、
いつまでも私が出てこなければ、おかしい!とすぐに気づくはず。
だから、それまで私がここでこうして見張っていれば大丈夫だ。
「父ちゃん、SOS! 早く、早く、帰ってきて!!」
今、汗を流したばかりなのに、すでにまた汗だくになった私は、
吹き出す汗を拭おうともせず、一心不乱に念じ続ける。

・・・んがっ、しかーし! 待てど暮らせど、父ちゃんは帰ってこない。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎたと思われるのに、帰ってこない。
そして。凄まじい蚊の攻撃が始まった!

必死で防御していたのに、あっというまに軽く数十カ所刺された。
あまりの痒さに、手足をべちばち叩きまくったが、端から見れば、
気のふれた操り人形が、踊り狂っているようにしか見えなかっただろう。

お隣さん、どうか私のこんな姿を見ないで。
おまわりさん、どうか通りかからないで。怪しい。私はあまりに怪しすぎる。
父ちゃん、早く帰ってきてえ〜・・・私は泣きそうになりながら、
台所の窓の外で、なおもSOSを発信しつづけた。

家の中では、すでにぞろぞろ猫たちが集まりはじめ、
「母ちゃん、そんなところで、何やってんの?」と、
興味津々でこちらに来ようとする。
(だめっ、だめっ、そこにいなさいっ。こっち来ちゃだめっ)
すぐ傍にお隣の窓があるうえ、すでに夜も更けて、夜中といってもいい時間、
声を出すわけにもいかず、私は猫たちに必死でブロックサインを送った。
蚊を追い払うべく、踊り狂った。・・・嗚呼、ますます怪しい人ではないか。

「ねえねえ、母ちゃん、どうしたの〜」網戸にぎゅうぎゅう顔を押しつけ、
私のところに来ようとする猫たち。全員集合し、目をまるくして見上げている。
・・・かわいい。本当にかわいい。
んがっ。事態は急を告げる、まさに絶体絶命!
父ちゃ〜ん・・・!!もう駄目。痒い。怪しい。限界だ。

いちかばちか。
「いい? 絶対動いちゃだめよ」祈りを込めて、両手で猫たちを押しとどめ、
私は走った。障害物を乗り越え、薮をかきわけ、銭湯まで全力疾走ふたたび!

私は目が悪い。
銭湯の前にいた、父ちゃんと同じような白いTシャツを着ていた男の人に
ものすごい形相で迫った。ぎょっとしたその人の顔を見たとたん、人違いに
気づくが後の祭り、その人の肩ごしに、のんびり「いいお湯でした」という
風情の父ちゃんを発見する。私は平謝りで進路修正、
あっけにとられている父ちゃんを「早く早く早く早く!」とせかす。
人違いをした人は、まだ驚いて、ビビリ気味にしきりにこちらを振り返るが、
心で詫びながらその人を追いこし、家へ家へと、韋駄天走り。
わけもわからず、父ちゃんも続く。

「早く!中へ!」と父ちゃんに言いおいて、私は再び薮をかき分け、
障害物を乗り越えて、台所へ回る。ほっ、よかった。間に合った。
ああでも、クルリがトモロウが、網戸とガラス戸の間に顔を突っ込もうと
ぎゅうぎゅう押しつけるから、顔が網でつぶれて、へちゃむくれに。
今思い返せば最高に笑える顔だったが、その時は気も狂わんばかり。
(だめだめだめだめっ)必死でブロックサインを送っているところに、
やっと台所にやって来た父ちゃんが、事態を理解し、ガラス戸を閉めてくれた。

一気に脱力しながら、私もやっと家の中に入る。
「あんなに必死で念を送ったのに!」理不尽だと知りつつ、怒りは爆発する。
心の全く通いあわない私たちであった。
蚊に刺されたところが、あちこち猛烈に痒い。
父ちゃんは、うなだれてキンカンを塗ってくれた。



明日は、スーの兄妹さんま君&りんごちゃんを、大阪まで迎えに行く。
長距離の移動は、正直言ってまだ怖い。でも、やるしかない。




03/08/03「お買い得」


 本日の登場人物


  あおぞら



書きたいことはたくさんあるのに、追いつかない。
急いで中途半端に書いたものは、みんな没にしてしまった。
自分のペースでぼちぼち追いかけていこうと思う。



時間のある時は、できるだけマメに近所のディスカウントショップを覗く。
今日は、2,480円のクールベッドが980円になっていた。速攻で買い。

実は去年も同じものを買って、皆に好評だったのだけれど、あおぞらがいたく気に入ったので、心やさしい猫たちは、快く譲ってあげたのだった。
あおぞらは中型犬だが、10キロほどと小柄なので、体を器用に折り畳んで、ベッドに上手くすっぽりと収まる。

今年はクールマットを買ってみたのだけど、これは今一つ人気がなかった。
そんなわけで、わくわくしながら帰宅すると、さっそく使用してくれた。
上がたいちゃん、下がトモ。仲良し。

少し場所を取るので、いくつも買うことはできないけれど、皆で仲良く、かわるがわる順番に使っているようだ。



夜、あおぞらと散歩に出たら、ゴキブリに追いかけられた。
なんだかカーチェイスのようで、結構スリルがあった。
彼らの、あの平べったさが、とても不思議。



03/08/02「サザエさん」


 本日の登場人物


  ビルマ



前髪が伸びてうっとうしいので、ピンで適当に上げたら、
サザエさんみたいになった。
そのままの頭で犬の散歩に行き、帰宅した後に気づく。



わが家は目の悪い子や、鼻炎の子が多いので、目薬・点鼻薬は欠かせない。
いま特に気をつけているのは、たいちゃんで、
涙が多いと点眼するのだが、
そうすると必ずビルマがやって来て、
「食べ物?」と尋ねる。
「食べ物じゃないよ」と言うと、
「ふうん」と目をくるりとさせるのだが
さらにのっそり近づいてきて、「…でも、食べ物?」
と、目薬の匂いを嗅いでいる。
やけに期待に満ちた、何ともいえず嬉しそうな、そんな彼の顔を見ていると、
すごくシンプルに色分けされた世界が、
とても素晴らしいものに思えてくる。


 
 
7月日記
(7/2〜7/17の日記はこちら→) (7/19〜7/31の日記はこちら→)
7月2日 「近視の効用」 7月19日 「脱走!!」
7月4日 「安吾と宏」 7月22日 「ザ・プロレス」
7月9日 「一面の枯れたヒマワリ」 7月23日 「あくび指南」
7月11日 「完走」 7月24日 「新装開店!」
7月12日 「マヤの一生」 7月25日 「君の名は」
7月13日 「バカのうた」 7月26日 「今日のお客さま」
7月14日 「長いものに巻かれろ!」 7月27日 「おねだりバレリーナ」
7月15日 「ハシゴ」 7月28日 「共鳴」
7月16日 「デジャビュ」 7月29日 「おばあちゃん」
7月17日 「伴走雀」 7月31日 「蝶を捕る」


 6月日記はこちら→
6月15日 
「雨に想う/一周年記念日に」
6月22日 「への字ぐち」
6月17日 「かね子さんの空」 6月23日 「粋と鍵」
6月18日 「即興」 6月25日 「受難のち発見」
6月20日
「the last woman of old Japan」
6月30日 「頭、隠して」


さらに日記(2002年6月〜2003年2月)はこちらからどうぞ。(click!→)


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