●ひなびた日記/03年12月●



 12月日記
12月12日「訃報」 12月21日「犬の名前」
12月30日「一家<暖>欒」



03/12/30「一家<暖>欒」


 本日の登場人物


 あおぞら ユキ クルリ 
ビルマ


寒いので、ホットカーペットが大活躍。
これは大家族になった去年、奮発して(?)買ったのだった。
カーペットの半分は常にスイッチが入っている。
その上で思い思いにくつろぐ、ほかほか猫団子の出来上がりだ。

寒がりのあおぞらにも、小さなホットカーペットを使っている。
サイズはほとんどマットという大きさだ。
普段はあおぞらにぶうぶう文句をいうユキや、
不思議なほど、あおぞらのことが大好きなクルちゃん(クルリ)が、
あおぞらと、めいめいお尻をくっつけあって
小さな四角いマットの上で眠っているのも、またかわいい。

わが家は古い木造で、冬はとても寒いけど、
繰り広げられる光景は、なんだか、とてもあたたかい。



ビルマが年明けに手術することになった。
先日、定期検診に行ったところ、例の塊は大きくなって、しかも角張っていた。
体重も少し減ってしまった。

もう思いきって、試験開腹で塊を全部除去し病理検査に出すことにしたのだが、
そうすると、最低でも1週間は入院することになる。
ひとりぼっちの狭いケージ生活が、どれほどのダメージになるかわからない。
また捨てられたと思うのではないかと、心配性の飼い主は今から思い悩む。

汚いケージに何匹もぎゅうぎゅうに押し込められていた嫌な過去を
思い出してしまうのではないだろうか。
ビルマとたいちゃんの過去は、あまりにも切ない。

もし、何かあれば、すぐ引き取って自宅療養させるつもり。
年明けは仕事がけっこう詰まっているけれど、
とにかく、できるだけのことを、しっかり落ち着いて、全部しよう。

ビルマの目には力がある。だからきっと心配ないと信じている。




03/12/21「犬の名前」


 本日の登場人物


  あおぞら



犬の名前は本来、二文字か三文字くらいが呼びやすくてよいらしい。
呼ぶ時には、それをさらに短く、上の音だけとって呼んだりする。
コマンドとともに用いられることも多いから、そのほうが簡潔で
びしっとキマってよいのかもしれないなどと、素人考えで思ったりする。

それを考えると、確かに「あおぞら」という名前はちょっと長くて呼びにくい。
けれども私の中では、今やほかの名前は考えられないくらい、
実にしっくりと馴染んでいる。
彼女自身にもなかなか似合っていると思うのは、少し自惚れが過ぎるだろうか。



慌ただしいけれども、心地よい疲労感を伴う毎日のなかで
映画「ピアノレッスン」をビデオで見返す機会があった。

J. カンピオンは、ずっと昔レイトショーで短編を何本か見て以来、
大好きな監督のひとりで、殊にこの作品は、
これまでに観たすべての映画のなかでも、忘れがたい大切な一本だ。

映画のはじめのほうで、ピアノが浜辺に置き去りにされるシーンは
何度観ても、胸がいっぱいになって泣いてしまう。

この映画に、フリンという名の犬が出てくるのだが、
それがあおぞらにそっくりで驚いた。
この犬が本当にフリンという名であることも、今回ビデオを見返して
初めて知った。

なかなかないものだけれど、何度も見返すにたえる映画に出会えるのは
至福の歓びだ。観るたびに必ず、新しい発見がある。
そして今回得たものも、いま私の手の中で、美しい輝きを放っている。



あおぞらと散歩中、後ろから自転車でやってきたおじさんが
口笛を二、三度短く鳴らしたので、何だろうとあおぞらと二人して顔を向けた。
おじさんはうれしそうに「そうだ、くろちゃん、おまえのことだぞ、呼んだのが
わかったか、くろちゃん、いい子だ、賢いな」と、いたくご機嫌な様子で、
やたら「くろちゃん、くろちゃん」を連発して去っていった。

確かにあおぞらは黒い。黒いから「くろちゃん」。なるほど。
もし、あおぞらが別の家にもらわれていたら
「くろちゃん」としての別の人生(犬生)を送っていたかもしれないのだ。
でも「くろちゃん」という名のあおぞらは、もはや全く別の犬だ。
そう考えると、なんだかとても不思議な気がした。




03/12/12「訃報」


 本日の登場人物


  あおぞら



優れた評論の仕事をなし、かつては辣腕を振るった編集者でもあった
推理作家の都筑道夫さんが亡くなったという知らせをもらった。
絶大なる影響を受けた人に、またしても置いていかれてしまった気分だ。

ホームの端まで全力疾走し、汽車が見えなくなるまで見送った後は、
踵を返し、頭をあげて、自分の道を帰っていかなくてはならない。
訃報を聞いたときの気持ちは、ちょっとだけそれに似ている。

以前、私は彼の文章に導かれて、終戦直後の東京の町をあてどなく歩いたのだ。
旧い映画を見、今はない当時の寄席を、紙の上とはいえ実にリアルに体感した。

ミステリに関して、ごく通り一遍でありきたりの知識しか持ち合わせない私が
都筑道夫ファンを名乗ることは、大いに憚られるけれど、
都筑さんの怪談(いわゆるショートショート)のほぼ全部を愛読していた私は
いわば裏口から都筑道夫氏の広大な世界に足を踏み入れたのかも知れない。



新刊のイベントや打ち上げの席などで数回お目にかかる機会があった。
都筑さんは、驚くほどゆっくりと歩いた。
少し震えるように、今にも止まりそうに、確かに進んでいることを
何度も確かめたくなるほどに、ゆっくりと。
都筑さんは、現代とはまったく違う時間の中を進んでいくようだった。

今、鮮烈に思いだした。
都筑さんはとてもお洒落な人だった。
初めてお会いした日、待ち合せ場所の喫茶店へ、カーキのMA-1ジャンパーに
ジーンズ姿で、颯爽と現われた。それはとてもよく似合っていた。
当時、おそらく60歳をとうに超えていたはずだ。
「若いなあ!」と、それだけで度胆を抜かれたものだ。

打ち合わせ中、MA-1の襟元から覗く白のタートルネックに
ブルーのラインで星マークがついているのが気になっていた。
そのうち暑くなったのか、都筑さんはおもむろにジャンパーを脱いだ。
すると中から、星の下にドナルドダックの顔がいくつも縦一列、ボタンのように
白タートルの中央に配置されて現われたのだ。
のけぞるほど驚いた。若い!若いよ!若すぎる!
そしてそれは、本当に違和感なく、ものの見事に着こなされていたのだった!



もう二年ほど前になるのか、最後にお会いした席で、
都筑さんが何の話をしていたのか、残念ながら何も覚えていない。
そのとき、私の隣には、運悪く、とてもおしゃべりな人がいて、
ひっきりなしに話しかけられていたので、
都筑さんの会話に、ほとんど参加できなかったのだ。

ただ、都筑さんがひどく退屈そうに、相槌を打っていたのを覚えている。
かと思うと、何を思いだしたのか、少し俯くように、はにかむように、
一人くすくす笑っていたのも印象深かった。
それは好きなものを愛でるときのような、全く幸せそうな顔だったから。



大きな星は、次第にまたたくのをやめて、ある日ふっと消えてしまう。
大きすぎても人には見えない。

ご冥福をお祈りします。





ものは試しと、あおぞらに「おすわり」「お手」「伏せ」という
ごくごくオーソドックスなメニューを教えてみたら、
一日で楽々マスターしたので驚いた。

こうした簡単なコマンドを教えるのは、犬にとって、
とても楽しいゲームのようなものらしい。

あおぞらも、この新しい遊びを気に入ったらしく、
お茶目な顔してふざけてくる。時に訓練にならないほど猛烈にはしゃぐ。
こうなると、飼い主は欲が出てくる。何よりもお互いに楽しいし、
犬と人の心が、このゲームで、より一層ぴったりと寄り添うことを実感する。
犬の勉強も、もっとしたい。




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