●ひなびた日記/04年8~9月●


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9月
日記

9月13日「メロディ」

 


8月日記
8月11日「名前もなかった」

8月12日「ジグソーパズル

8月13日「彼女に何が起こったか」  

04/09/13「メロディ」


 本日の登場人物


  りん  ヒコ 
 

8月の日記は、実はまだもう少し続きがある。
けれども、それは少し辛い作業となるので、
たまには近況でも書いてみようかと思う。



成猫ばかりを里子に迎え、
大人な雰囲気(?)の「猫走り一家」だったはずなのに、
このところ、すっかり保育園と化している。

子猫たちの健やかな成長が素直に嬉しく愛おしい。
その可愛さときたら、まったく尋常ではない。
この子たちのすべてが、ごく自然に庇護されるよう作られているのではないか。

同時に、こうした小さな生き物に非道を尽くした人間の存在を
具体的な名前を念頭において思う。
子猫を見るときいつも思い出す一匹の子猫「こげんた」を思う。
世間に知られた事件のときに繰り返される、
ひとつの命を挟んで激しく反発しあうベクトルの
まったく同質の憎悪というものの膨大なエネルギー量について思う。

私の頭に飛来する数々の思いに反して、
目の前の光景は、あまりにも平和で
うららかな陽射しに満ちた日だまりに似ている。
草の香でいっぱいの、はだしで走る原っぱに似ている。
それは眩しく、穏やかな眠りに誘う。

体力・気力ともに尽きた感があるが、
頭の中の途切れることのない でたらめなメロディは、
わりと明るく鳴り続けている。



 
 ちっともじっとしてないふたり。

月齢の近い りんとヒコは、本当に仲がいい。
見ているだけで口元がほころび、
「幼なじみ」という言葉が、美しく思い浮かぶ。

最初は、気の強いりんが弱虫ヒコに挑んでは
体の大きな自分のほうが有利とある日気づいて、
がぜん強気になったヒコに組み伏せられて、
「みぎー」とヘルプの声をあげていたけど、
最近は、りんもだいぶ大きくなったので、
徐々に巻き返しを目論んでいる。

飽きもせず、ひたむきに遊ぶふたりは、
映画「小さな恋のメロディ」のように初々しい。

 
 大きくなったね…赤ちゃんだったのに。
 
おとなしくしているのは寝ているときぐらいだから、寝顔の写真ばかりがどんどん増える。


珍しく日記を書いたというのに、
プロバイダーの「手違い」とやらで
何の通告もなく突然10日あまりもネットにつながらなくなってしまった。
メールの送受信も、もちろんできない。

パソコンの故障かと、あちこちいじって まる一日がつぶれる。
翌日プロバイダーに連絡すると、
何のことはない、まったくの先方のミスであった。

人のすることだから、たまにはミスもあるかもしれない。
笑い話のネタにするだけの話だ、と最初は思った。
ところが、即座の復旧は無理だという。
理由を問えば、まったく謝る気のない姉ちゃんは、
当社は非常に「システマティックに」業務が行なわれているので
迅速な対応ができないのだと、
起きていますか?と尋ねたくなるようなことを
すまして言う。

少々カチンときて、もういいやと言いたいところだけれど
急ぎの大事なやりとりがいくつかあるものだから、そうもいかない。
こともあろうに、当初の説明では「2、3日で復旧」との話が
「連休のため」延びに延びたあげくにこのザマだ。

久々に吠えました。
吠えている時の私はいちばんイキイキとしているかもしれない。

「あたしゃね!」と浅香光代が憑依する。
無責任と不誠実は唾棄すべき双璧なのよ。
覚えといてね、Yahoo! BB。

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04/08/13「彼女に何が起こったか」


 本日の登場人物


  ヒコ(new face! )
 

仕事で帰りがすっかり遅くなってしまった。
急いで猫たちの世話をひと通り終えた後は、
もう夜中といっていい時間だったけれど
すぐさま、辛抱強く待っていた あおぞらの散歩に行く。
と、そのとき、家の前でかぼそい鳴き声。
一瞬、空耳かと思ったが、その声は暗闇に細く長く続く。

「また…子猫!」
死んだ子猫のことが頭をよぎり、すぐに声の主を探すが、
人の気配を察してか、声は時折、警戒するように途切れる。
早く散歩に行きたい あおぞらをなだめながら、
夜の闇をすかして、声のする方へ、物陰をあちこち捜索。

ほどなく、隣接するアパートの駐車場で、車の下に隠れているのを発見。
それがなんと ちょびにそっくり! おそらく兄妹なのだろう。
1.5カ月〜2カ月くらいか。とても痩せている。

 
 ちょっと たれ目。ちょびの弟?

お外の子用の猫缶をあげると、ガツガツ食べるが、
ちょっとでも近づこうものなら、全身の毛を逆立て、
ものすごい形相で臨戦態勢。
ぷはーっぷはーっと大変な威嚇っ子で、
とても触れるような状態ではない。

一瞬ひるんだが、今回はそう簡単に引き下がるわけにはいかない。
もう二度とあんな思いをするものか。
たとえ触れなくても、次は絶対に諦めないと決めたのだ。

子猫から目を離さないよう彼に頼むと、
ひとまず あおぞらを家に置いて、空のキャリーを持ってきた。
それはいいけど、さて、どうしよう? 
道具も何もない。触れない。近寄ることもできない。
シャーされながら、しばらく子猫と見つめあうが、
この様子ではきっと朝までねばっても
抱っこしてキャリーへ、なんて絶対に無理。
あまりに無謀すぎるか。ちょっと弱気になる。

「バカタレ、もっと頭を使え!」
焦る気持ちに二、三発、活を入れながら、もう一度家に帰って、
今度はタオルをノースリーブの腕にぐるぐる巻きにし、
軍手が見当たらなかったので、かわりに靴下を手にはめ、
よくよく考えるとかなり恥ずかしい格好で戻ってくると、いざ勝負。

車の下に腹這いになって潜り込み、
彼のナイスフォローに助けられ、
成功…!!
泣きたいのか笑いたいのか自分でも分からないが、
とりあえずどっと気が抜ける。
おろおろ悩んだ時間のわりに、捕り物は一瞬で終わった。

  ヒコ、熟睡中。。。

家に連れ帰って、もうひとつ猫缶を開ける。
ところが、お腹は空いてるようなのだが、
明るいところでよく見ると、食べ方がちょっと変。
妙に食べにくそうなのだ。 口内炎? 歯肉炎? 
それに、さっきから気になっていたのだけれど、
(ごめんね、だけど)なんだかお前、とてもぶさいく。
目もぱっちり大きくて、パーツは ちょびにそっくりで
絶対かわいいはずなのに、何かが変。

実は口から顎にかけて擦り傷ができて腫れていたのだった。
さっきの捕り物でやったのかと、ヒヤッとしたけど、
次の日、病院に行くと、傷はかなり時間がたっているもので
すでに治りかけていると聞いてほっとした。

この傷が人の手によるものにしろ、逃げるときに自分で作ったものにしろ、
この子をこれほどまでの威嚇っ子にした出来事が何かあったのだ。
もともとはたぶん、ちょびと同じ飼い猫の子だろうから
ごろすりの甘えん坊さんのはずだ。
その証拠に、1時間も経たないうちに
激しくゴロゴロ言いながら甘えてくるようになった。

それでも様子を覗くたび、最初の一瞬は飛びすさって ぷはーっとなる。
いったい何があったのか。どれほど過酷な環境を生き延びてきたのか。
その「過酷な環境」とは即ち、私の暮らす「ご近所」なのだ。

ちょびの場合は飢えだけだったが、
この子はもう少し長く放浪して、さんざんな目に遭ったのかもしれない。
同じ兄妹だというのに…。

  
もう怖くないよ。 

(追記)弱虫で、超のつく根っからの甘えん坊さんのこの子には、
強く逞しく育ってくれるよう、咄家で武闘家でもある林家彦いち師匠より
(勝手に)お名前を頂いて「ヒコ」と命名した。

最初は、大変な怖がりで、びくびくとすぐ逃げ戻る。
しかし、じきに男の子らしい好奇心で元気に跳ね回るようになった。
今ではあの時の威嚇や脅え方が嘘のようだ。
小さなヒコが味わった恐怖、もう二度とそんな思いはさせない。

腫れは数日でみるみる引いて無事、元のかわいい顔に戻った。
こんな いい子を捨てるとは。全く馬鹿な話。
捨てるなら産ませるな!!!
飼い主に恵まれなかった母猫が哀れでならない。



やれやれ 一件落着。
胸をなでおろし、待ちくたびれた
あおぞらの散歩へ再び。
時計はほとんど夜明けに近い時刻を指していた。
けれど、長い長い一日は、まだ終わりではなかったのだ。

いつもの場所に着いて、お母さん猫と真っ白子猫の女の子を探す。
今日は一匹も猫の姿がない。
辺りはひっそりとしずまりかえり、動くものは何ひとつなかった。

すっかり遅くなっちゃったからな…。
もっと奥のほうを探そうと少し歩きかけたとき、
後ろで彼が小さく口笛を吹くのが聞こえた。
続いて名前を呼ばれたので引き返すと、
彼の指さす先に、白い子猫が横たわっていた。

眠っているにしては様子が変だ。
え? え? 死…? は? ………嘘!?
頭の中が真っ白にぶっ飛んだ。
何コレ? 何コレ? 訳ワカンナイ……

状態はとてもきれいだった。外傷は見当たらない。
ただ、耳の中にたくさんの血が溜まっていた。
ずっと近づけなかった子に、今やっと触れる。
冷たかったけれど、まだ柔らかい。

また交通事故? とても信じられなかった。
男の子が亡くなったのは、一昨日のことなのだ。

なぜか涙は出なかった。
白い子を前にして呆然と地べたにへたりこんだ。
これこれこういう事情で私は悲しいのです、などと
誰かに雄弁に説明できるのなら、それは嘘だ。
本当に悲しいとき、言葉は自分の無力を恥じて、力なく地に落ちる。
千本の針が降り注ぐような痛みの中で、言葉を失い、
地面に突き立てられた一本の棒となって、ただ立ち尽くすしかない。

死んでからでは何もかもが間に合わない。
もう私は、この子に何もしてあげることができない。
遅かった。遅すぎた。
約束したのに。あの子と約束したのに…。

元気だったときの姿が思い出されてならなかった。
そう、あれはつい昨日のことではないか。

近くの家の玄関先の花壇のところで、ぴょんぴょん元気に飛び跳ねていた。
何がそんなに面白いのか、何度も何度も狭い花壇を行ったり来たりして
子うさぎのように跳ね回っていた。
いたずらが過ぎて、そこの家から苦情が出ないかハラハラしながら、
けれどもそれは、まるで生きているのが、ただそれだけで
幸せで楽しくて仕方がない、といったふうに見えた。
「こんな世の中でも、この子は生まれてきたこと、
ただそれだけで嬉しいんだ…」
それはとても率直で混じりけのない喜びで、見ていて眩しいくらいだった。
母猫がゆったりと傍らに寄り添って、その様子を愛おしそうに見つめていた。

それから子猫は門の下をするりとくぐって家の中に消えた。
母猫はちらりと振り返って辺りを確認すると、続いて門をくぐっていった。
それが二匹を見た最後だった。

そう、あれは昨日だった。
おそらく、ほんの数時間前にはまだ温かったに違いない。
規則正しい呼吸をしていたに違いない…

震える手でポケットから携帯を取り出し、証拠の写真を撮ろうとした。
でも、どうしてもシャッターを切ることができないのだ
った。
雪のように白く、アーモンド形の目がくっきりと大きい、
それはそれは きれいな子だった。

自分の感傷に過ぎないものを、動物たちに押し付けたくはない、と
普段から切に願っている。
純粋にただ生きている動物たちを、人間の感情やエゴに引き付けて
眺めるようなことはしたくない、と祈っている。
過度の擬人化や思い入れを排し、ありのままを受け止めたいと。

だから可哀想だのなんだの、あまりメソメソしたことは思いたくなかった。
それでもかつては、何よりも活き活きと輝いていた顔が、
苦しそうに歪んでいるのが辛かった。
いや…むしろ、それはとても悲しそうに見えた。
喜びに満ちあふれた命を突然断たれてしまったことが理解できず、
ただただ、そのことを悲しんでいるように私には見えた。

携帯をカメラモードにしたまま、しばらく動けなかった。
「撮らなくていいよ」と彼が言ったので救われた気がした。

男の子を埋めた隣に穴を掘って埋葬した。
伸び切った体は思ったより大きくて、
やっとのことで横たえるだけの穴を掘り終えた。
何度も閉じてあげようとしたけど結局半眼、開いたままの
女の子の小さな顔にぱらぱらと少しずつ土を振りかけた。
その頃になって、真っ白になった心にぽつっと雨が落ちるように、
小さな染みがひとつできて、それがじわじわと広がっていった。
こんなに悲しいのに、それでも涙はとうとう こぼれなかった。

母猫の姿はどこにもなかった。
私は何もできなかった。
一体どうすればよかったのか。
これから何をすべきなのか。
私はうなだれ、あおぞらを連れて とぼとぼ家に帰るしかなかった。

(追記)9/5
今日、偶然、現場のご近所に住む猫好きのご夫婦にお会いし、またまた気になる話を聞いた。
このご夫婦は、この辺りの猫たちを何年も前から見守り可愛がっていらっしゃって、
最初に不審な死に方をした子猫を発見された方でもある。
それまでは顔見知り程度だったのが、二匹目の死体を発見した翌日、こちらから声をかけ、
虐待事件の可能性について、いろいろお話ししたのだった。

私の話に驚いて、よく注意して見るようにしていたところ、
私と話をした数日後、現場近くの植え込みの陰に
無造作に捨てられていた1mほどの鉄の棒を発見したそうである。
そればかりか、やはりこの辺りで見かける、比較的人慣れしたキジトラの成猫(オス)が
しばらく姿を消していて最近ようやく出てきたと思ったら、後ろ足に怪我していたそうである。
ご主人にもとても懐いていたのに、警戒してしばらく近づいてこなかったとも聞いた。

「やっぱり!」と、疑いが一気に強まる。
最近このあたりで立て続けに空き巣や車上荒らしがあったので、
警察が夜も頻繁にパトロールしてくれるようになり、
(私も一連のことを通報してパトロール強化のお願いをしていたけど)
このところ不審な出来事は起きていない。

それでも毎日、あの現場を見回りに行く。
何ができるわけでもないけれど、防犯ベルとすぐさま通報できるよう携帯を必ず持って、
あの辺りから目を離さないでおこうと思う。

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04/08/12「ジグソーパズル」


 本日の登場人物


  ちょび
 

昨日の子猫の顔が仕事中も頭から離れない。
事件でも事故でも、唐突に断たれた命の重みは
こんなにも苦しく のしかかってくるものなのか。
冷たく横たわっていた小さな体の向こうに
茫洋と広がる現実。
どこから手をつければよいのか、途方に暮れる。



まず、実情を知りたい。

りんが公園に捨てられていたとき、
箱の中に他にも兄妹がいたのではないかと
連日、周囲をくまなく探し、
(それでも、子猫の死体にだけは遭遇したくないと
ひそかに心で祈っていた)
公園を掃除する人、散歩している人たちに
柄でもないが、声をかけた。
(結局、りんの兄妹は見つからなかった)

今回も子猫の遺体を発見した現場周辺で
通りかかる人たちに尋ね、
大地主である大家さんには、以前からの猫事情をさりげなく、
獣医さんとベテランドライバーさんには
事故と事件の両方の可能性を聞いた。

昨日今日と、いろんなところに話を聞いたなかでも、
役所の甚だしい及び腰については、
ぜひとも書いておく必要があるかもしれない。

啓蒙活動は年に一度の愛護週間の際、
あたりさわりのない回覧をまわすのみ。
その回覧も、愛護法に触れただけで、
「法律をかさにきるのか」と感情的なクレームがかなりくるので、
そうした文言はいっさい載せられない、とのこと。

存在しても、適用されなければ、
法はこんなにも無力なものと化すのか。
元・法学部生としては、思いもよらぬ不意打ちを食らう。

とにかく「嫌いな方もいらっしゃるので」の一点ばり。
「触らぬ神に祟りなし」とはこのことか。
マナーの悪い飼い主も多いらしく、
こじれにこじれたご近所トラブルが、
ほとんど積年の恨みと化しているらしい。
しかし、その問題はまた別の話だ。

おそらく担当者や担当部署によって、
見解はまちまちなのだろうが、
こういうところに住んでいるのか、と思った。
猫も私も。

 

さらに、散歩コースとは反対の公園では
今年に入って虐待と思しき事件があったらしい。
そこには、きちんとした餌やりさんがいらっしゃって、
以前から自費で不妊手術も行なっているのだが、
人慣れした子ばかりが被害に遭った。
具体的な目撃証言が生々しい。

餌やり行為に、感情的な苦情がくることもしばしばあるようで、
私が目撃した人は皆、周囲を気にしながら
餌を投げつけるようにして、足早に去っていく。
声をかけると、口をそろえて
「(餌やりさんの)ただのお手伝いだから」と、
質問しても要領を得ない。

公園の範囲は広いので、
情報をジグソーパズルのように一つひとつ
丹念につなげていっても、
はっきりとしたことは なかなかわからない。
そもそも全てを把握している人など、おそらく いないであろうから。

現場となった付近の猫たちは顔ぶれが流動的で、
ことに実態がわかりにくい。
誰かがエサを地面に直置きした跡があるものの、
毎日というわけではないようだし、
猫たちは肉付きがよく、毛並みも比較的きれいな子が多い。
ご飯をあげても、ガツガツ2缶ぺろりとたいらげることもあれば、
お腹が空いてはいないようで、まったく口をつけないことも度々だ。
近所に出入り自由の多頭飼いの家があるらしいし、
そこの猫たちも混じっていそうな気もする。

通りすがりの人にこっそり餌をもらうことも多く、
誰かがどこかで面倒をみているのは たぶん間違いないだろうが、
手術も含め、最後まできちんと猫たちと関わっている人は
どうやら いないような感じだ。
なんだか全てが中途半端で、どうしたらいいのか、
正直言ってわからない。

とりあえず、あの男の子の母猫と
その兄妹の真っ白な女の子を なんとかして保護しよう。

とはいえ、近づくこともできない野良っこたち。
失敗して警戒されれば、次のチャンスはしばらく遠のいてしまう。
いよいよ捕獲器の出番か…。

幸い、私のまわりには、
個人で捕獲器を所有している人が何人かいる。
空いていれば借りることはできるだろう。
自力で捕獲ができるかどうか不安は尽きないけど、やるしかない。
あの子に約束したのだから。
急いでちょっと尋ねてみよう。



死んだあの子は、ちょうど月齢が ちょびと同じくらいだったろう。
同じように跳ね回っていたのに、ひとりは今、土の中で眠っている。

ちょびは くしゃみひとつせず、むくむくと巨大化を続ける。

ちょびは どこをどう彷徨って、
あのとき うちの前にいたりしたのか。

運命を分けるものは何だろう?
胸をかきむしりたくなるのは悔しさだけではない。
あの子を埋めるために掘ったのと同じだけの深さの穴を、
もう一度心の中に掘り続ける。
胸を塞ぐこの気持ちをそこに埋葬して行動するのだ。
やりきれない。このままでは、あまりにも。

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04/08/11「名前もなかった」


 本日の登場人物


  あおぞら
 

1カ月ほど前から散歩コースに姿を見せるようになった母猫と2匹の子猫。
最近、毎日のように顔を合わせるようになったので、
1日2回、あおぞらの散歩のたびにご飯を持っていくようになった。

淡いキジトラの男の子と、母猫にそっくりな真っ白の女の子。
男の子のほうは好奇心旺盛で、元気いっぱい、
女の子はちょっと恐がりで慎重派の美人さん。
3〜4カ月だろうか。きっと、ちょびと同じくらい。

あま人慣れさせないよう距離に気をつけながら、
でも確実に顔見知りになっていくのを感じる。
心がぽっと温まる、ささやかなひととき。
保護できれば里親募集もできる。
2週間ほど餌やりを続け、具体的な計画を考え始めた矢先。

 


例によって、徹夜明けの朝もまだ早い時間の散歩は、
人影もまばらで、熱帯夜の澱みが少し抜けた軽やかな空気を、
あおぞらと楽しむはずだったのに。

いつもの場所に、変わり果てた姿でキジトラの子が横たわっていた。
体は比較的きれいなのに、頭の損傷がひどく片目が飛び出している。
側に引きずったような生々しい血の跡が大きな「く」の字を描き、
道の端に、むぞうさに放り出された体の下には、
おびただしく流れた血が、アスファルトに黒々とした染みを作っていた。

交通事故だと思った。
3週間ほど前、フリットを保護する直前にも、
このあたりの子猫が1匹、交通事故死したと聞いていた。

「どうして、こんなところで…」
ぴょんぴょん飛び跳ねていた姿が思い出され、
ぽろぽろ涙がこぼれて止まらなかった。
もっと早くに保護していれば、と後悔で息が詰まった。

毎日会うようになってすぐに私の顔を覚えたようだが、
野良っ子らしく警戒心は忘れず、絶対に触れない。
でも、自分の前に開かれた未知の世界に、どんどん大胆になり、
日々、行動に自信があふれていくのがわかった。

でもその賢い子が走り回ることは、もう二度とないのだった。

気持ちを落ち着かせようと、よくよく周りを眺めるうちに
どこか腑に落ちない、という気持ちが次第に膨らみ始めた。

現場は狭いT字路で、「T」の縦棒の両脇は駐車場。
片方の駐車場はTの字沿いにフェンスがあって出入り口は向こう側。
もう一つの駐車場はいつも車は少なく、空きスペースが目立つ。
「T」の横棒の道は、両端に通行止めの杭がいくつも立てられ、
車が入ってこられないようになっている。
そう、まさに「こんなところ」で
機敏な子猫が交通事故に遭うなど、あり得るだろうか?

狭い道なので、子猫が轢かれるほどスピードを出してUターンすることは
考えにくいし(よほど上手くやらないとフェンスや植え込みに激突する)、
そもそも車に轢かれたのならば、子猫の小さな体はタイヤに巻き込まれて、
からだの損傷がかなり激しくなるのではないか。
車ではなく、バイクということも考えられるけれど、それにしても
スピードが出しにくい道であることに変わりはない。

だとすれば、いちばん考えたくない、もうひとつのの可能性、
誰かが故意に子猫の頭を強打したとすれば? 
それも眼球が飛び出すほどに…

この間死んだ子猫も、本当に交通事故なのだろうか?
ここは幹線道路ではないのだ。
車のほとんど通らないこんな場所で、月に何度も交通事故が起こるだろうか?
考え過ぎであればいい。心配性だと笑い話になればいい。
でももし、「何か」が起きているのであれば…



実は現場から少し離れた場所で、ある日を境に
毎日顔を合わせるキジ白の子猫がいて、ご飯を持っていくようになった。
その子もやはり全く触れず、でもどこか懐っこくて、
よく、あおぞらの後追いをしていた。
ところが4、5日ほど前のことになるが、ご飯をあげ始めて
一週間経つか経たないかくらいのとき、その子が突然姿を消してしまったのだ。

その日、近所のおばさんたちが「駐車場で猫が死んでいた」と
立ち話をしているのを偶然耳にして、はっと耳をそばだてたけれど、
それ以上聞きたくなくて、足早に通り過ぎてしまった。
子猫にはたまたま会えなかったのだろう、くらいに思っていた。
ところが、それからふっつり姿を見なくなった。
今日は会えるか、今日は会えるか、と毎日ご飯を持参したが、
姿はどこにもなかった。
誰かに拾われたのかもしれない、と自分に言い聞かせるようにしていた。

今、急にそのことが思い出され、胸がいっせいにざわざわと騒ぎ出す。
せめて死んでいたのがどんな猫だったか、尋ねておくべきだったが、
もうどうすることもできない。



しばらくすると、母猫と白い子猫が姿を現わした。
泣きながらご飯をあげた。
男の子のぶんも、山盛りにしてあげた。
人目につかず車も来ない、安全な場所だと思っていたのは間違いだった。
女の子だけでも、助けたい。
お兄ちゃんのぶんも幸せに長生きしてほしい。


いつも遊んでいた場所に男の子を埋め、
(すでに固くなってしまっていたのがまた切なくて泣いてしまった。
もっと早くに通りかかれば、一命をとりとめることができたかもしれない)
フードをお供えして、一心に祈った。

お母さんと妹は絶対助けるからね。
どうか、力を貸してください。見守っていてください…
ごめんね、何もできなくて。
まだまだ生きていたかったよね。ほんと、ごめん。。。
名前もまだなかった小さな命。
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