●ひなびた日記/05年6月●


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6日記

6月23日「あかね雲のち晴れ」

 



05/06/23「あかね雲のち晴れ」


 本日の登場人物

  あかね 

北村想さんの芝居に、
日がな一日、屋上で空を眺めている少年の話があります。

その少年が屋上に立ち尽くすのは、
空から降りてくる未来を受け止めるためなのです。

未来から切り離された明日は今日に変わり、
天の高みから音もなく降ってきます。屋上に時間が降り積もります。

どんなときも、明日は正確にきちんとやってきます。
明日はいつも、特別に光り輝いているように思います。
何かびっくりするようなことを隠し持って、
茶目っ気たっぷりに明日はやってくるのです。

それでも時には不意打ちで、
針のスコールを一身に浴びるようなこともあります。
激烈に厳しく容赦のない日。
それは鈍磨した様々な感覚を揺さぶり目覚めさせます。
生きていくために絶対に必要な日。


あかねの命日となった6月21日は、まさにそんな日でした。
遡ること2日前の19日。
ちょうど一週間前に、
里親さんのところに4にゃんを無事送りだしたばかりだというのに、
またしても、へその緒つきの赤ちゃんを保護したのでした。

4にゃんを発見したのは、いつもより遅く犬の散歩に行ったとき。
今度は普段よりずいぶん早い時間に夜の散歩に出かけたとき。
奇しくも4にゃんたちが捨てられていたのと同じ場所。

もっとも、例のゴミ箱は今では撤去されていて、
公園を流れる川をはさんだ反対側の岸辺から声は聞こえました。
忘れもしない、赤ちゃん特有の鳴き声。
4にゃんの、ちぃちゃん改め遥香ちゃんを思わせる大きな声です。
しかも、聞こえるのは、たった一匹の声だけなのです。

岸辺の茂みは深く、あちこち透かして見ても、真っ暗で何も見えません。
ひとまず、あおぞらを家に置き、傘と懐中電灯を手に、とって返します。
ちょうど仕事から帰ってくる途中だった彼と、 現場で合流することに。

戻ったときには声はなく、怖いほどひっそりとしていたけれど、
赤ちゃんにぶつけないよう、注意深く傘で茂みをかき分けていると、
また鳴きはじめました。
けど、さっきより、心なしか声が小さい気がします。

母猫が通ったと思われる穴を見つけましたが、枝はびっしりと茂り、
道路側からだと、遠くて届きません。
どうやら川のすぐ上あたりにいるようなのです。
とうとう彼が川の中にざぶざぶ入っていって、やっと発見しました。
なんてことでしょう! 下の方の枝に首が挟まってもがいていました!

彼から受け取った小さな体は、すでに氷のような冷たさです。
長くまっすぐなしっぽといい、額や体の模様といい、
4にゃんの、しまちゃんにうりふたつ。
のどには小さなかすり傷。鼻の頭は真っ赤でした。
母猫と離れてどのくらい経っているのか、すでに相当弱っているでしょうに、
あんな大きな声で、必死で助けを求めて鳴いていました。
ひとりぼっちで、よくがんばったね。えらかったね。
さあ、あともう少しがんばろう!


ペットボトル湯たんぽを作り、赤ちゃんをフリースでくるむと
その上から手で覆って、時々息を吹き掛けたりしました。
最初は手がしん、と凍えるほどの異常に低い体温が、
徐々に上がっていくのがわかります。
ミルクのほかに、お湯で溶いたハチミツも飲ませたりしました。
間もなく、いいうんちが出ました!
明け方近くには、何とお腹を見せてすやすや眠るまでに持ち直したのです。
がんばれ、がんばれ。

あんなに大きな声でお母さん(私)のことを呼んでくれたんだもの、
ぎりぎりで助かったんだもの、絶対元気になるよね。
4にゃんたちみたいに元気に育って、お転婆な女の子になるよね。
そう、しまちゃんにそっくりの、この子は女の子でした。

20日月曜日の朝、この時点での病院は見送ります。
状態はいいように見えたし、下手に移動で負担をかけるのも怖かったからです。
彼は仕事を休んでくれたし、私はバタバタしていて連絡が行き違い、
本当は早番で呼ばれるところが遅番になったのもツイていました。

ところが昼過ぎ、やはり何かおかしいと感じはじめます。
よくわからないのですが、おとなしすぎるのです。
ほ乳びんを吸う力は全くないので、シリンジでの授乳。
でも、ほとんど飲もうとしません。
無理やり一滴一滴なめさせるように、喉に流し込みますが、
1mlもいかないうちに、いやいやをしてその後は全部吐き出してしまいます。
そして、うとうととずっと寝ているのです。
それが妙に怖いと感じました。

4にゃんも比較的よく眠ったけれど、数時間たっぷり眠ると、
自分から起きだして、ミルクをせがんで大きな声で鳴いたものです。
この子には、それが全くないのです。

細かく様子をみては、時々起こしてミルクを飲ませます。
飲むには飲んでくれるのですが、
得体の知れない不安が、なぜかふくらんでいくのです。



午後、病院に連れていってみましたが、その時は
体温も38.2℃まで上がり、比較的安定していて、
うんちも多少軟らかめだけれど、
人工授乳では、こんなものだろうと言われました。
けれど、おそらく初乳を十分に飲めていないだろうと。

発見した場所で生まれ、なんらかの理由で母猫が場所を移動するとき、
この子だけ枝に引っかかってしまったか自分から落ちたかして
親兄妹とはぐれたのではと思っていたのですが、先生は、
産後一週間もたたないうちに移動することはあまり考えられない、といいます。
一体どうして、この子だけあんなところに一人ぼっちでいたのでしょう。
親兄妹の姿は全く見ませんでした。
みそっかすで、親にも見捨てられた子なのでしょうか。

 
 頭の毛が緩やかに右に流れているのがとってもかわいかった。
 小さな鼻の頭は、生前ほんとにかわいらしい桜色でした。
 
夜、仕事から飛んで帰ります。
赤ちゃんは元気で、数回の授乳のうち、
とくに夕方にはミルクをたくさん飲んだそうです。
9時頃の授乳は頑固にいやいやしたけど、がんばって少し飲んだと。

彼は大丈夫だと言ってくれました。
でも、なぜか私の不安は消えなかったのです。
彼と交代して、ちょこちょこ様子をみるのですが、
とても深く眠っていて、起こしていいものかどうか迷うほどでした。
体温が下がっていないか何度も確認し、
ペットボトルの湯たんぽをまめに取り替えます。

ミルクを全然飲もうとしません。
さっきたくさん飲んだからかとしばらく様子をみていましたが、
一向に飲む気配がありません。
シリンジで無理やり流し込んでもほとんどこぼしてしまいます。

そのうち、うんちが妙に軟らかくなっているのに気づきました。
やがてうっすらと血が混じりました。
不安になって、彼を起こしました。
呼吸が浅く、体温がやや下がっているように感じます。
これは眠ってるんじゃなくて弱ってるんだ…
落ち着こうと思っても、すでに軽いパニックでした。

注意深く様子をみていた彼が「少し…おかしいかも」
ぽつりと言いました。
「ミルクが合わないのかも知れないから、別のやつを買ってくる」
もう夜中の3時でした。
彼が帰ってくるまで もたないのでは、という予感がして、
私は反対しました。
ひとりでこの子を看取るのは耐えられない気がしたのです。

30分ほどふたりで息を詰めて見守っていましたが、
よくなる気配はありません。すでに完全な下痢になっています。
「今できることが何もないなら、せめて」と
彼はミルクを買いに行きました。

残った私はビルマとじろ吉に祈ります。
今、小さい子がそっちに迷ってきたら、こっちに戻れって言ってあげて。
お母さんが待ってるよって。お願い、ビルマ。お願い、じろ吉。
神さま、せっかく助かった命を、まだ連れていかないで。
赤ちゃん、がんばって。
お父さんが帰ってくるまで、がんばって。

  お花に包まれて。。。

そして、ほんとにこの子はがんばったのです。彼が帰ってくるまで。
そればかりか、少し持ち直したのでした。
彼が帰ってくる直前ぐらいから、急に少し活発に動きだしたのです。
それは前の晩と同じくらい調子がいいように見えました。

私はうれしくなって、今度は朝までがんばろう、とまた励ましたのでした。
朝までがんばったら、もう一日。もう一日がんばったらまた一日。
そうやってちょっとずつ元気になろう。大きくなっていこうね。

でも、このときすでに、はっきりとした予感がありました。
それはもう動かせない事実として、
最初から気づいていたと言ったほうがいいかもしれません。
あとで彼も、実は自分もそんな気がしたと言いました。
ぬぐってもぬぐっても、ぬぐいきれない不吉な予感。
この子は育たない。きっと、助からない……。

でも、その考えを必死で追いやって祈りました。念じました。
助かるって私が信じなきゃどうする。
それじゃ助かるものも助からないよ。そうでしょ。

根性なしの母ちゃん。しっかりしなさい。
こんなに小さい子が、今一生懸命がんばってるのに。
すずめのちびたんだって、りんちゃんだって、
もひかん3にゃんも、乳飲み子4にゃんも、皆元気に育ったんだから。
この子だって。この子だって、きっと…。



新しいミルクはとうとう一口も飲んでくれませんでした。
やがて下痢は下血に変わりました。
出血はなかなか止まりませんでした。
永遠に限りなく近い、残酷な長い時間が過ぎました。

この子は本当におりこうさんでした。
ちゃんと私との約束どおり、朝までがんばったのです。
朝がきて窓の向こうが明るくなったとき、
ひと声、可愛い声で小さく鳴きました。

「なあに? なあに?」と私は必死で返事をしました。
「まだ駄目よ。行っちゃ駄目。戻ってきなさい。こっちに戻って」
その後も何か鳴こうとしたけれど、声はかすれてもう出ませんでした。
そして、ろうそくの火がふっと消えるように、
呼吸が、
止まりました。

  

生きてたときの写真はありません。
なんだかそのまま遺影になってしまいそうな気がして。。

死んだ子にカメラを向けるのはいつもためらわれます。
今さら、という気もするし、せめてもの思い出に、というのも
なんだか浅はかな所有欲のように思われて、どこか後ろめたい。
でも、今回ばかりは、へその緒をそっと大切にとってあります。

自分の無力さに、ばしんばしん、と打たれながら、
あちら側に飛び立っていった子に、してあげられることは
もう何もないのだと毎度毎度、身に沁みて思うのです。

そう思いながらも、この子がいい匂いのなかで眠れるように、
「あら、わたしお花畑にきちゃったのかしら」と思ってくれるように
かわいい女の子に相応しい色とりどりのきれいな花で
せめて埋めつくしてあげたいと、精いっぱい思うのです。

名前、間に合わなかったけれど、
葬儀屋さんに「うんと素敵な名前をつけてあげてください」と言われ、
「あかね」と名づけました。
茜色に染まる、ひとひらのはぐれ雲のイメージです。



今日、電車のなかで、ふとメモ帳を繰っていたら、
一頁にも満たない、あかねの授乳記録が目に飛び込んできました。

「6/19 PM9:00保護。85g へその緒つき」
「うんち2本! きれい」とか、
こんな痛烈な明日がくるとは夢にも思わず、
なぐり書きしていた自分のメモを見たとたん、
混雑した車中、 ぽろぽろと涙がこぼれてしまいました。
本当
にあかねは、よくがんばった、
これは、あかねが確かに生きた証、と思うと、
もうその瞬間、涙が止まらなくなってしまったのです。

後悔は限りなくあります。
ああすればよかった、こうもできた、
自分ももっと頑張れたのでは、と。
なによりも、私が頑張らせてしまったために、
あかねの苦しみを長引かせたかもしれないと思うと、
水槽から飛び出した金魚さながら、胸が苦しくなってしまう。。。

でも、たった2日(正確には1日半)という短い時間で、
あかねが与えてくれたのは、あまりにも多く深いものでした。
こんなに小さな体に宿る、無垢な命の放つ光に、
ただただ圧倒され、せせこましい棘も鬱屈もなぎ倒されてしまいます。

哀しみに浸る自分をティーバッグのように引き上げたい。
そうして起こったことの意味が、もっとよく見えるようにしたいのです。

あかねを失った大きな穴から、「ありがとう」という気持ちが、
こんこんと湧き出てきます。
妙に静かに眠る「猫走り一家」の面々を眺めては、
「育ってくれてありがとう」 と新たな愛おしさとともにしみじみ思い、
小さなあかねの姿が瞼に浮かんでは、
「うちに来てくれてありがとね」と胸がいっぱいになります。


また里親募集をして、うんと素敵な里親さんのもとに
送り届けてあげようと思っていたのだけれど、
どこへも行かず、あかねはうちの子になってくれました。

あかねに出会えたことで、自分のやるべきことが 鮮明に見えてきました。

まだ、ふとした拍子に涙は止まらなくなるのですが、
出会えた喜びが乳白色の霧のように、胸をいっぱいにしています。

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