2001 家なし猫についておもう・・・


飼い主のいない外暮らしの、家なし猫たち。見返りや期待を求めない善意の心で、誰かが面倒を見、費用を負担して手術をしなければ、妊娠・出産、餓死などを繰り返し、数が増えてしまいます。

「自分の住む地域から、不幸な命を無くそう、餌をやり手術もしよう、環境を良くしよう」
特別な事でなく、当たり前の事として自然にそう思える、奉仕の心を持った人がもっと増えれば、全国規模でねこトラブルは解消されていける筈です。

兎角私たち人間は、一方的な権利主張をすることがあります。


▼例えば、近所のゴミ置き場。
ルールを破り汚れた状態にする人がいる一方で、見かねて掃除をする人がいます。
勿論、掃除をする人は、誰に命令された訳でも無く、自主的・自発的にやっているのです。
しかし、1度掃除をしてしまえば、次から次へと周囲から期待をされ、何時の間にか掃除担当者になってしまった、という似た話しを、時々耳にする事があります。「また汚れてるわよ。」とわざわざ教えに来る人もいると言う話しです。
あの人に言えば掃除をしてくれる、あの人は今日はまだ掃除してないね・・・。期待は何時の間にか無意識の内に要求へと姿を変え、当然の権利意識へと変貌を遂げます。
見兼ねて掃除を始めた人が、冗談じゃないと止めてしまったらどうなるか・・・。いい加減な人とでも言われるでしょうか・・・。実際、このケースで住民から仲間外れにされた人を知ってますので、あながち飛躍した話しでも無いでしょう。
ゴミ置き場は、また汚れた状態に戻るだけの話しです。


▼家なし猫(俗に言うノラ猫)の問題にも、これに似た権利意識が芽生えがちです。

妊娠・出産を繰り返し、または、飢えてゴミあさりをする姿を見かねて、自主的・自発的に餌を与え手術をする人が現れると、周囲は全要求と期待をその人に集中させがちになります。
しかし、その人が一切を止めてしまったらどうなるのか・・・。地域内での、猫数、生まれては飢えて死ぬ命、衰弱してゴミあさりや人家での盗み食い、放浪する命が増え、地域環境が悪化していくだけの話しです。
一方で、地域内から猫を排除し追い出したらどうなるのか・・・。他所の地域内の猫数が増えてしまい、自分の所さえ良ければ他所は知らないという、嫌なことの押し付け合いになるだけの話です。


▼猫の知能は、人間の4歳児並み。喜怒哀楽があり、感情表現も豊か。嬉しいという感情も、悲しいという感情も、人と同じ様にあります。
猫は、言葉が話せないけれど、人とのコミュニケーション能力に優れている為に、 人間は長い歴史の中で、家族の1員として、友達として、鼠を駆除し食料や家屋を守ってくれる働き者として、猫と共生してきました。

家なし猫とは、私たち人間社会の作り出した命そのものなのです。その命を果たして、ゴミや物などと同列に考えて本当に良いものでしょうか?
仮に、地域内で誰かがその命を、追い払い排除をし処分すれば、法に触れる事が無くとも、直接的・間接的にその命を殺している事になります。道徳的にも倫理的にも問題が残ります。敢て宗教めいたことを言わせて貰うならば、その命やその命を思う人の怨念も残ることでしょう・・・。

心の温もりの無い、殺伐とした地域環境に住む事は、不幸でしかないと思います。
命に冷たい環境は、長い目で見て、私たちに何ももたらしてはくれないでしょう。
寛大で豊な心、慈しみに満ちた優しい心こそが、私たちの住む地域環境や未来をも豊かにしてくれる筈です。


▼人類は、何れ地球に住めなくなると言う話しをご存知でしょうか?
生態系の問題、異常気象の問題・・・全てがその原因だと言う話しです。それはまさに、私たち人間の心の問題から発していると言えるのではないでしょうか?

NHKの番組によれば、今火星への移住計画が進行しているとのこと。これは世界人口から考えれば、恐らく一部の特権階級の人たちだけしか、未来では生き延びる事が出来ない、という構図になりそうです。
勿論、まだ何100年も先の話しかも知れないが、少なくとも子孫たちの何れかの代で、現実化する問題である事には、違いはなさそうです。


▼命への優しい心を形に変える人の少ない環境は、善意の心を遠ざけ、不幸をもたらすだけです。
数年前、1人の主婦が自殺をしました。娘さんの話しによれば、住民たちの集団攻撃が原因だったと言う。
その主婦は、近所の家なし猫たちに心を痛め、餌やり、避妊・去勢手術を始めた。周囲の冷たい視線を気にしながら、毎日の掃除も欠かさずに行った。猫たちの為と、何を言われても我慢を重ねた。
しかし、主婦の思いに反して、周囲の要求は攻撃へと姿を変え、日々エスカレートして行った。そして、一方的な権利意識と一種の集団いじめに似た大人たちの攻撃が、遂にその主婦をノイローゼにし、自殺へと追いやった・・・。
当時、まだ中学生だった娘さんは、深い悲しみで周囲を呪ったのだと言います。

自殺とまでは行かなくても、現実には似た状況下にいる人は少なくありません。
人間不信や人間恐怖症に陥り、周囲の冷たい視線を避けて、逃げ隠れをしながら猫に餌をあげ、手術や掃除をする人たち、手術や掃除をしたくても、周囲に見付かるから出来ずに逃げ帰る人たち・・・。
私はこれまでの活動において、その様な人たちに多く出会ってきました。

家なし猫のいる地域では、必ずや人知れずに、猫に心を痛めながら、同様な状況下にいる人たちがいる筈です。その様な環境下では、心の支えになり共に行動をする人が現れる事も、環境が改善する事も、余り期待出来ないでしょう。
地域の猫問題を1人で一身に背負い、それでも続けるか止めるか、のどちらかの道を選ぶしか、選択の余地が無い。続けても、止めても・・・地域内からは、不幸が消える事はないでしょう・・・。

猫の好きな人も、嫌いな人も、無関心な人も、地域に住む1人1人が、 命に優しく・暮らし易い地域環境を実現する為に、協力して手術費用を捻出し、それぞれで創意工夫をしていけば、地域や社会全体のねこトラブルの根本解決にもより早く近づく様になる筈です。

「命に優しい・責任と優しさのあふれる社会や地域」に、私は住みたいと思います。
後世にも、残していきたいと思います。残っていって欲しいと強く願います。

人と家なし猫との共生にむけては、私たち1人1人の善意の心、豊な心、奉仕の心が欠かせない。1部の善意だけでは、現状を改善出来るだけの力は無い。1人の1人の善意の力が必要・・・活動をすればする程、現状を知れば知るほど、強く痛感します。


▼私は、今1人で5箇所、約40匹以上の猫の面倒を見ています。猫数が70匹以上に達し、見かねて手を出した場所ばかりです。
365日の餌やり、避妊・去勢手術の実施、近隣との関係作り・・・。これらの事に、膨大な時間と労力とお金を費やしてきました。今後も、勿論責任ある行動を取り続けていきますが、周囲からの期待を一身に背負っている事も、また紛れも無い事実です。

元はと言えば、捨てた人の責任。繁殖させた人の責任。無関心を装い何もして来なかった
地域1人1人の責任・・・。
これらのある種理不尽にも似た感覚は、ずっと心の中に秘め続けていく事になるでしょう。
1人では限界が多々ある。過剰な期待が重荷になっている現実もある。それでも、気持ちには嘘を付きたくはない。


以前、ガリガリに衰弱した猫を見て、可愛いねーと言う人たちを何度か見た事があります。一方、可哀想ねーとだけを言い、立ち去る人たちも何度も見た事があります。

私たち人間は誰でも、理性と知恵と、相手の立場を思いやる優しい心を持っている筈です。自分よりも小さいもの、弱いもの、言葉無きものの、心の叫びに耳を傾ける能力が備わっている筈です。様子や状況から、想像力を働かせて判断をする、知能が備わっている筈です。

1人1人が、命への思いやりと豊な心を無くさなければ、「人の心と命に優しい、責任と優しさあふれる社会」がきっと真に実現出来るでしょう。
何時の時代でも、人類の歴史がどんなに変貌を遂げようとも、未来を担う青少年たちや子孫たち、そして未来を生きる私たちにとって、きっとそれがただ1つの正義であり、真実の筈だと思います。


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