いっぱい頑張ったね、タマちゃん





H8年、偶然通りかかった、人通りの
多い歩道沿いにいました。

顔は、倍くらいに脹れています。
じーと座ったまま、動きません。
体は、ガリガリです。

近づくと、逃げません。
触らせてくれました。
お腹が空いてるのかな?





30分以上立ってしまった。
まだ居るだろうか?

家からキャリーをバイクに乗せて、
急いで戻りました。
タマは、まだそこにいました。
まるで、誰かを待っているかの様に。

捨てた飼い主?それとも、救いを
待っていたのだろうか?


通り過ぎる人たちは、誰1人、
タマには関心を示しません。
タマと私の姿は、まるで透明
の様でした・・・。






缶詰をあげてみると、相当お腹が空いた様子で、一心不乱に食べました。
残りは、帰ってからねと、タマをキャリーに入れ、バイクに乗せ連れて帰りました。

病院に行きました。獣医さんは、タマの外見を見ただけで、顔が脹れてるのは、エイズが原因、
もう治らない、との診断を下しました。


でも、甘えてくるタマの顎を、毎日なでなでしてあげていたら、あごから大量の膿が出て、
顔がすっきりと細くなってしまいました。
顔が脹れていたのは、単に傷口にばい菌が入り、膿が溜まっていたせい・・・。

獣医への不信感が募るばかりでした・・・。
タマの面倒は、外で寝床を作り、見る事にしました。




口が痛くて、
物が食べら
れません。

抜歯をする。
ステロイドの
注射を続ける。
しかし、徐々に
注射を打つ
間隔が狭く
なっていきました。





H9年5月、遂に注射の効果が無くなりました。
もう、他に手の施し様はありませんでした。

タマは、物が食べられず、舌にも腫瘍が出来て、水もぬるま湯も・・・、口が痛くて、一切の物を
受け付けなくなりました。
嫌がるのを無理矢理抑えて、少しずつ注射器で水などを飲ませましたが、痛がるので、多くは
与えられません。また、それだけは、体も持ちません


お腹を空かせたタマは、私の後を付いて周り、近所の家の池で泳ぐ金魚をじーとみつめる、
そんな数日続きました。そして、タマの歩行時には、フラフラになりました。
このままでは危険・・・。スペースはもう無かったのですが、タマを室内で保護しました。




自力では、
立ち上がれ無く
なりました。

全身がブルブル
震える様になり
ました。

物が食べられず
水も飲めず、お腹
はペチャンコ。
死は、確実に迫って来ていました。



このままでは、タマの苦しみが長引くだけの事・・・。
余りの苦しむ姿を、もう見ていられませんでした。
安楽死、これが、後にも先にも、ただ1度の私の出した結論でした。


H9年5月20日、この日の朝、私はタマを抱き、タマがいつも遊んだ場所、歩いた場所、
好きだった場所の全てを、タマの目に焼きつく様に、思い出話をしながら、ゆっくりゆっくり
と歩いて回りました。
この写真は、タマがよく日向ぼっこをしていた場所で撮ったものです。

そして、病院へ行きました。タマには、分かっていたのかも知れません。
ずっと目を閉じていたタマが、注射を打つ直前、パッと目を開いて、私を見ました。
そして、声を出しました。最後の力を振り絞って、まるで、最後のお別れを言う様に・・・。

その直後、注射が打たれました。タマの呼吸が止まりました。
私の腕の中で、すーと眠りに入りました。

一瞬の呼吸停止、タマには苦しい事でした。当たり前です。
例え、一瞬でも、強制的に呼吸停止させられて、苦しまない人間などいないでしょう。
猫だって同じです。何ら変わらない。

でも、手の施し様が無く、ただただ、苦しむ為だけに生き、死が来るまでの間、ずっとずっと
苦しみ続けるだけなら、それはまさに生き地獄です。
その苦しみよりも、タマには、安楽死の苦しみしか、私は選択してあげられませんでした。