骨粗しょう症の子猫、テツ&くり






平成8年頃? 生後3ヶ月近い大きさの、テツ&クリの一家は、外にいました。

当時、テツ&くり一家にご飯をあげる人がいました。
しかし、その人が毎日あげるご飯は、猫1匹につき、魚1切れだけ。

成長期にある子猫は、栄養価の高い食べ物を、沢山必要します。
食べる物は、全て血となり骨となり、健康で丈夫な体の基礎を作っていきます。
子猫時代食物事情は、その一生をも左右してしまいます。
ご飯の栄養価が低く、量も足りなかった為、テツ&くりの母猫は小柄、5兄弟たちの発育も
遅れていました。
最初に、一番状態の酷い茶白君を保護しました。
次に、テツ、くり、の順に保護しました。

テツ&くりは、大学病院で検査をした結果、骨粗しょう症だと判明しました。
まだ生後3ヶ月なのに、骨がスカスカの状態でした。
そのまま外にいたら、テツもくりも、過酷な外では生きていけずに、死んでしまったでしょう。

テツは、一生足の曲がり具合が治らない。
くりは、一生足が曲がったまま、走れない、ジャンプ出来ない、
そう宣告されて、私は室内で2匹を保護していく決心をしました。

保護から1,2ヵ月後、テツの足の曲がりが無くなりました。
くりは、走る事もジャンプをする事も、普通の猫と変わらずに、出来る様になりました。
毎日、栄養価のあるご飯を好きなだけ、お腹いっぱいに食べられたお陰で、骨への心配が
無くなりました。

成長期にある子猫の回復力は、現代医学でも驚く程に、高いのです。



テツ

約6才。男の子。

茶白君の次に、保護しました。
当時、テツは生後3ヶ月頃くらい。
人を見ると逃げ隠れするほど、警戒心
q1がありました。




歩く時、逃げる時、いつも片足がびっこでした。勿論、体も痩せています。
保護して病院に連れて行かないと、茶白君と同じ状態になるのは時間の問題・・・。
なんとか、テツを捕まえ保護出来ました。
そして、先に保護した茶白君と一緒に、保護ケージに入れました。

保護してから、テツの警戒心が徐々に薄れ、慣れてくれる様になりました。
しかし、数日後、茶白君が死んでしまいました。既に、手遅れの状態でした。
私は、茶白君の死を朝まで、全く気が付きませんでした。

テツは、一晩中、死んだ茶白君の体の上に身を寄せて、一緒に過ごしていたのでしょう。
テツの心は、まるで凍ってしまったかの様に、元気が無くなり、大好きな缶詰をあげても、
食べようとせず、鳴きもせず、茶白君の体にしがみ付いたまま、全く離れようとしません。
テツの目だけは、私をきつく睨んだままです。
まるで、「お前が茶白を殺した。」とでも言う様に・・・。

最後のお別れをさせてあげよう、テツが可哀想で、そのまま好きにさせました。
テツはまる1日中、茶白君から離れませんでした。

それからです。テツは、心を頑なに閉ざしました。
私や人間に対しては、ずっと警戒心を抱いたまま、家ノラとして過ごしてきました。
最後まで、完全に心を開いて甘えてくれる事は、ありませんでした。
ご飯の時だけは、側に寄って甘えてくれる様にはなりましたが・・・。

H14年7月3日、亡くなりました。



くり
約6歳。女の子。


雨の強い日、子猫の鳴き声が聞こえ
ました。
探しに行くと、雨に濡れたまま、
動けずに、ぶるぶる震えていました。

迷わずに、すぐ抱き上げました。
抵抗する体力も気力も、もう無かった
でのしょう。おとなしくしていました。


家に連れて帰り、ご飯をあげると、必死に食べました。そして、一生懸命甘えてきました。
まるで、「助けてくれてありがとう、うれしいよ。」とでも言う様に・・・。
順調にいけば、そのまま、くりは甘えん坊さんになる筈でした。

しかし、先に保護したテツは、心を閉ざしたまま、極度の人間不信になっていました。
そのテツから、くりは色々と教わったのでしょう。
日に日に、警戒心が増して、そしてとうとう、テツと一緒に、家ノラ状態になってしまいました。

今、テツが亡くなり、くりは1匹だけになりました。
やっと、私が近くにいても、すぐに急いで逃げる事は無くなりました。
でも、やはりまだ、強い警戒心を持ったままでいます・・・。


猫の心に残った悲しみや怒りは、何年立っても、簡単には消えません。
しっかり覚えているのです。


テツ。かつぶし大好き。






くり。逃げる態勢・・・